2005年08月27日

L.A.ホームスティ:10   + その後 +

帰国した時、逆ホームシックになったほど楽しかったホームスティ。
その後もホストとはグリーティング・カードのやりとりが続きました。
ツアー仲間では手紙を出しても返事が来ない、という人が多かったが、
私のMomは元学校の先生。筆まめな方だったのでしょう。

まだ、メールがなかったので、
私の結婚、長男、双子の出産、と写真を添えて手紙を送りました。


そして数年後の夏、カードの宛名の字が見慣れたMomのおおらかな
筆記体ではなく小さな字になって届きました。
胸騒ぎがして丁寧に封を切ると
そこには、初めて見るDadの細かい字が・・・。

Momが癌であることを知りました。
人生の最期を病院ではなく、家で過ごす選択をしたお二人の姿が
目に浮かびました。
Dad一人ではなく、看護士やボランティアの人たちに
支えられていること、Momはベッドにいても"great spirit &
sense of humor を持ち続けている"と書かれていました。

次のクリスマスカードでMomが11月に亡くなったことを
知りました。
12月のお二人の誕生日に毎年花を送っていたのですが、
「今年は1人で受け取った」とのDadの手紙に深い悲しみを
感じました。

そして4月、見知らぬ女性から手紙が届きました。

お二人の娘さんからでした。
DadもMomの後を追うように亡くなったと知らせてくれたのです。
娘さんとは一度もお会いしたことがなかったのですが、
「両親があなたの事をとても気に入っていたから」と
わざわざAir Mailをくれたのでした。

いつもハミングして暖かい笑顔のDad
ゆっくり私の話を受け止めてくれたMom
センスのよいインテリアの居心地のいい家
お二人、手をつないで歩いていた姿が昨日の事のように
鮮明に思い出されました。

深い悲しみがこみあげてくると同時に
こんな素敵な家族と出会えたことに胸がいっぱいになりました。

posted by *タンタン at 02:24| Comment(0) | TrackBack(0) | + L.A.ホームスティ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月26日

L.A.ホームスティ:9   + コミュニティ +

policeman.jpg

L.A.という大都会の印象からは程遠く、
私がスティした郊外の街は、裕福な人たちが多く、治安もよく、年配の方が
多かったせいか、古き良き時代のアメリカの家族を感じられた。

ホームスティを受け入れてくれていたのは、教会を中心としたコミュニティ。
たまたま近所に住んだという繋がりの日本の町内会との違いは、
やはり信仰を基盤とする同じ価値観を持つ者同士の集まりだということだろうか。

キリスト教というと、プロテスタントとカトリックしか知らなかったのだが、
アメリカにはプロテスタントだけでも何種類もの宗派や教会がある。

Momは、以前は違う教会に通っていたのだが、Dadの教会の方が自由なので
途中から変わったというような話をしていた。

またスティ中、ホストの友人の父親が亡くなり、
私たちにもできることは?と聞いたところ、
彼はクリスチャン・サイエンスなのでお葬式はしないと言われたり。

          
         *      *      *  


ホームスティは、もちろん良い点ばかりではない。
ツアーの男の子の中にはファミリーを窮屈に感じる子もいたし
(日本では親元離れて一人暮らししているので当然だが)
食事が毎日ハンバーガーだけというホストもいた。
 ↓(映画『スーパーサイズ・ミー』じゃないんだから・・・ねぇ)



が、短い滞在でもネイティブと共に暮らすことで、
英語でコミュニケーションせざるを得ない状況になり、
観光では決して見えない事を発見したり、考えることができた。
そして、頭で考えているだけでなく<異文化に飛び込むことができた!>
という経験がそれまでシャイだった自分に自信を持つきっかけにもなった。

なにより、まったく知らない人(しかも外国人)を受け入れてくれた
ホストの包容力、信頼、ホスピタリティに対する感謝の気持ちは、
10数年後に自分の家族を持った今、恩返しのつもりで「スリランカ、
香港の学生を受け入れる」という形になったのだ。

『出会いが人を作る』っていう言葉が実感できる歳になったのかなぁ。

posted by *タンタン at 03:06| Comment(0) | TrackBack(1) | + L.A.ホームスティ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月20日

L.A.ホームスティ:8   + ほめる & Hug +

sanfransisco.jpg

日本で他人に家族を紹介する時
謙遜して「うちの子は出来が悪くて〜」って言う事が多い。

でも、Mom&Dadは独立した自分の娘の写真をみせながら
「とっても優しくて、いい教師なのよ」って
と紹介してくれた。
友人のファミリーも息子達を「素晴らしい子なの。
やさしい子なのよ〜」と褒める、ほめる。

他人に対してだけでなく、子供本人にも同様に褒めるし
「あなたは私の自慢の息子なのよ」などとフツーに言っているのである。
私にも、ちょっとした事で " I'm proud of you! " なんて
よく褒めてくれていた。そしてHug(ハグ=抱きしめる)!
初めは、ちょっと恥ずかしいけど
大事にされているって感じられて、Hugは大好きに。
こういうのいいなぁ〜、私も子供を持ったらこんな風に
育てたいな〜なんて思っていた。

「国際結婚をして気付いたこと」をほのぼのイラストで
紹介している人気の本『ダーリンは外国人
―外国人の彼と結婚したら、どーなるの?ルポ。
』が面白い。



なかでも家族(姉)を悪く言っている作者の実家の様子に
傷ついてしまうダーリンの話がある。

作者も「そんなに謙遜しなくてもいいのに」と
思っていたのだが。
ある日、娘をほめる知人(日本人)の話を聞いていて
「違和感に気付く」というエピソードに共感してしまった。

他人にそのまんま子供を褒めてる人の話を聞くと
正直、な〜んか感じる違和感。
外国人が話していると気にならないのに・・・。
褒めて育てよう、が主流になりつつあるけれど
この感覚は一世代では変わらないでしょう。

でも、我家では子供たちに対しては、思いっきり褒めて
『キュー!』って言いながらHugしてます。

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2005年08月04日

L.A.ホームスティ:7   + 3つのキーワード +

fisherman.jpg

スティ中によく聞いた単語が "relax" "enjoy" "volunteer "
日本の学校生活の中では、『まじめさ』が大切だったので、
この3つのことばにアメリカを感じた。

この "relax" と "enjoy" 、 一見、不真面目にみえたりします。
L.A.オリンピックの時のアメリカの選手団の入場にはびっくり。
列が揃ってなくてもおかまいなし、ガムかんだり、写真を写していたり。
場の空気がよめない、お行儀が悪いという面もあるが、
どんな場面でも楽しんでしまうのは、ある意味すごいかも。
あれから、オリンピックの入場がリラックス・ムードに
変わったと思うのですが・・・。

また "volunteer" =ボランティアというと、福祉のイメージだが、
ユニバーサル・スタジオで「ショーに参加したい人〜?」と聞く時、
英語のクラスで「答えられる人〜?」という意味でよく使われていたのが
" Who is volunteer ?" だったんです。
すると、元気よくみんな手を上げていました。

やっぱり、人は楽しい人や物事に集まってくるもの。
クワイヤー(聖歌隊)のメンバーがよく集まるホストの家も
すごくあたたかく居心地がよかった。
MomもDadも、いつもリラックスして、ほんわかオーラが出ているので、
話しかけやすいのもありがたかった。
また、enjoyを心がけると、いいこと、楽しい事を探して
自然とポジティブになれる。

みんなの前でいいトコを見せよう、いい結果を出そうと緊張してしまうより、
リラックスして、楽しむことを考えていると自然とボランティア(やってみよう!)
の気持ちが生まれる。
こんな雰囲気が家庭や学校にあった。
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2005年07月22日

L.A.ホームスティ:6   + 英語について +

bekley.jpg

中学から英語を勉強して、大学まで10年。
でも話せるようにはならない・・・。
その10年でやってきたこととは<教科書、資料を読む>
<テープ、ラジオを聞く>
Nativeの授業でも<パターン・プラクティスの繰り返し>
そう、すべて一方通行なんです。

ホームステイで気がつきました。
当たり前のことだけど、会話はキャッチボール。
「うん、うん」って聞いてくれると一生懸命話しちゃうんです。
しかも、英会話のレッスンのように興味のないことをテーマに
話すのではなく、自分について、相手についてを考えながら話すし、
私はラッキーなことに1対1、1対2の環境。
自分でもこんなに通じるんだ!ってビックリ。
会話はやはり相手がいてこそなんです。
よく「恋人を作るのが語学習得のいい方法」なんて言いますが、
自分の話をじっくり聞いてくれる家族もいいものです。

が、周りのみんなも言っていたことですが、
ファミリーの話していることはわかるようになっても、
他の人の英語はまったく聞き取れない。
また、私のペースに合わせて会話が進む場合はいいのですが、
何人かが集まっておしゃべり状態になると、
なんとか内容はわかっても口をはさめない状態に陥ります。

そう、赤ちゃんと同じ! 
周りが話していることはわかっても、しゃべれない・・・。
「小さな末っ子が家族の会話に入りたくても
なかなか入れないで癇癪をおこす」気持ちがよ〜くわかります。

自然に会話に入れるようになるまでは、やはり時間がかかります。


           *       *         *  
   
先日、日本在住、台湾出身の方とお話する機会がありました。
広東語、英語、日本語も堪能な彼女は、
姉のいるアメリカに滞在した時に必要にせまられて、
英語を話すようになったとか。
彼女曰く「日常会話なら中学英語で十分。足りないのは自信!」と。
確かに、ホームステイでの「通じた!」という成功体験=自信は大きいです。
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2005年07月13日

L.A.ホームスティ:5   + 牛乳パックに・・! +

ステイ中、ウィーク・ディは学校に通い、週末はおでかけ。

英語のクラスは教会の付属施設の教室で行われ、なんとDadが先生なのだ。
Dadは毎日、自らバンを運転して5,6人の生徒をピックアップしていく。
もちろん、ハミングしながら♪

LunchはMomの手作り。毎日、Dadと私の分を用意してくれた。
そのアメリカのLunch Boxとは・・・。
サンドウィッチ(ピーナッツ・バター or ジャム)、ポテトチップス小袋、
オレオのクッキー&バナナ1本を茶色の紙袋に入れるだけ!
アメリカ流お弁当、ウワサには聞いてたけど、Dadもこれだけ。

朝食はシリアルにオレンジ・ジュース、フルーツにコーヒー。
夕食は外食が多く、時間をかけてゆっくり食べるけど、
あんなに大きな体なのにこんな食事でいいの?って正直思いました。
日本のお母さんの手作りお弁当、夕食はレベル高いんです!

気づいた点をいくつかあげると、まず、夜、部屋が暗い。
デスク・ランプやフロア・ランプなど照明器具の数は多いのだが、
日本のように天井の大きな蛍光灯ひとつで隅々まで明るくすることはない。
ランプを一つだけつけたり、幾つかをつけたりしながら調節する。
最初は慣れないが、なかなかいいものです。
私が使わせてもらった部屋(写真)にもデスク・ランプが。
この明かりで毎日、日記を書いていました。

room.jpg

スーパーなどに行くといろいろ発見があって面白かったが、
びっくりしたのは牛乳パック(紙製だが日本の倍くらいの大きさ)に
行方不明の子供たちの顔写真が印刷されてたこと。
あどけない笑顔の子供たちの写真の上に<MISSING CHILDREN>の文字を
みつけた時は怖かった・・・。

幸い、滞在中はいっさい恐ろしいめには合わなかったが、
ここはアメリカなんだと強く感じた瞬間だった。
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2005年07月11日

L.A.ホームスティ:4   + Mom & Dad +

いよいよホスト・ファミリーとのご対面。
あらかじめ知らされていたのは名前と住所、家族構成のみ。
写真はなかったので、どんな人なんだかドキドキの瞬間。

house.jpg

私のホストは60代のご夫婦。
大柄なDadはクワイヤー(聖歌隊)の指揮者。
あご髭をはやし、穏やかな目をしたよく響く低音の声の持ち主。
白髪をきれいにセットして大きなブルーグリーンの目のおしゃれなMomは、
元学校の先生で、今は病院のボランティアをしているとのこと。
1人娘は結婚して独立し、今はご夫婦2人暮らし。
大柄なDadに自分の名前を呼ばれ、ご夫婦とHug! のご挨拶。
2人ともとても優しそうで安心する。

このお二人、とっても仲がいい。
いろいろな所に連れて行ってもらったのだが、いつも二人で手をつないで歩いている。
家でもDadは常に優しく声をかけていて、穏やかによく話をしている。
無言で察するという日本の夫婦とは違うのである。

ステイ中は仲の良い2夫婦(背の高いちょっとハリソン・フォード似の夫と
お料理の得意な妻のJ夫妻&いつもニコニコ陽気な夫とHugが大好きなおおらかな妻、
ボートとコロラド河畔に別荘を持つO夫妻)とそれぞれにステイしている学生と行動を
共にした。
3家族で夕食を食べに行ったり、週末にはコロラドの別荘に連れて行ってもらった。
家からボートを車で引っぱって、映画「激突」に出てくるような埃だらけの
ま〜っすぐな道を金曜の夜にドライブしていく。
別荘のベランダは川に面していてボートにすぐに乗り込めるようになっているのである!
60代のホスト達は皆明るく元気!

そして何より、いつもハミングしていて機嫌のいいDadも、
世話好きのMomも本当の娘のように私を暖かく迎えてくれて、毎日がとても楽しかった。
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2005年06月29日

L.A.ホームスティ:3   + 見るものすべて新鮮 +

la.jpg

L.A.到着。
初めての国際空港。いきなり英語の世界。
まずは係官の大きさにビックリ(背も横も!)
まるでガリバーの巨人の国に来てしまったかのよう。
そして、緊張の入国審査。
ニコニコ笑いながら、" Hi ! " なんて声をかけられ、
日本のお役所然とした雰囲気との違いに呆然。
「アメリカは初めて?」なんて聞かれてなんとか答え、無事通過。
やっぱり、アメリカはフレンドリーなんだと感激。
  
ただ、数年後、バックパック1人旅をした彼(現在夫)は、
いきなり荷物全部を調べられたとか。
当然、誰にでもフレンドリーな訳ではないですね・・・。

ステイ先は郊外の為、フリーウェイを移動。
映画によく出てくるピックアップ・バンをみつけたり、
窓をガムテープで貼ってる車があったり(こんなんで走っていいの?)と
時差ボケもなく窓からの景色に夢中。

滞在中も映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンが
出発するシーンに出てくる<JCペニー>(巨大ショッピング・モール)、
<シネコンと巨大ポップコーン>、車に乗ったまま投函できる<青いポスト>etc.
目にするものにいちいち反応していた。
   
            *     *     *   

最近、寝る前にふっと開いたページを読みなおしている本
「いんげん豆がおしえてくれたこと」〜パトリス・ジュリアン著〜に
ちょうど旅についての話があった。

『プルーストはどこかでこんな風なことを書いていた。
「同じ一つの風景を千の異なる目で見られるほうが、千の異なる風景を
いつも同じ目で見ることよりも素晴らしい」』と。



家族などと行く旅行ではなく、「旅」ができるようになるのは
この「視点」を持っているかによるのではないか。

当時、アメリカを感じさせるものは日本にないものばかりだったので、新鮮だった。
が、今は<マクドナルド>はもちろん<GAP><スタバ><シネコン>
<ショッピング・モール>など珍しくもない。
これって、ここ何年かの間に日本がすっかりアメリカ化してしまったってこと?

ローマの「トレビの泉」(ちょうど映画「ローマの休日」でアン王女が
髪を切った美容院のあたり)にもマクドナルドができたとか。
アメリカは好きだけど、こんな形で世界中がアメリカ化していくのはちょっとなぁ・・・。
改めてアメリカの力を思い知ったのでした。
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2005年06月18日

L.A.ホームスティ:2   + 旅は道連れ +

dog.jpg

ツアーの参加者は30名程。
そのうち友達との参加者は3組のみで一人での参加者が多かった。

ホームスティのツアーだけあって、みんな興味が似ていてすぐに話がはずむ。
機内でもドラマの話(ウィリアム・カットの「アメリカン・ヒーロー」なんて
知ってる人がいた)、英語の勉強の仕方とか、アメリカについてなど。
とりあえず、面白そうなメンバーでホッとする。

更に、驚いたことに、搭乗の飛行機のフライト・アテンダントが
なんと高校の同級生だったのだ。
彼女は背が高くて、バレー部。私は小柄で、テニス部。
高校時代は、だいたい席の近くの子と話すし(学生時代の友達って背が
同じくらいの子が多いよね?)部活が違うとあまり話す機会もなかったのだが
彼女も私に気づき、空の上で偶然の2人同窓会!
こっそり、ファースト・クラス用のおみやげをたくさん持たせてくれた。
この偶然にすっかり気をよくした私は、不安など吹き飛んでいたのでした。
(後にステイ先で、もらったトランプなどをみせながらこの話をする事もできたし)

ツアーで出会った人たちとは、これからのステイ期間中、慣れない英語に
四苦八苦しながらも好奇心旺盛にアメリカを楽しんだ。
期間は短いけれど、同級生と同じくらい濃い時間を共有できたと思う。
そして、嬉しいことに数人とは今でも近況報告などしている。
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2005年06月12日

L.A.ホームスティ:1   + 憧れのアメリカ +

まだ、シネコンもユニバーサルスタジオもショッピング・モールもなかった頃、
(ディズニーランドはギリギリあった)アメリカL.A.郊外にホームスティをした。

hollywood.jpg

アメリカはずっと憧れの国だった。
「奥様は魔女」「愉快なブレディ一家」「刑事コジャック」「スタスキー&ハッチ」
「大草原の小さな家」「バイオニック・ジェミー」「チャーリーズ・エンジェル」etc.
小さい頃からアメリカのドラマが大好きだった。
また毎日のように放送していた映画を夢中で見ていた。
社会派ドラマから、悲劇、コメディー、ラブ・ストーリー、SFなど、ジャンル構わず
スポンジが水を吸収するようにどんな映画でも見ては、感想などを書きつづっていた。
今の韓国ドラマが韓国への興味を育てているように、ドラマや映画を観て
アメリカへの憧れを募らせていった。

が、当時アメリカは治安が悪いと言われていてホームスティもアブナイのでは、と
心配する空気があった。
初めての海外、しかもホームスティだし、英語を学びたいのならば、治安が良く環境もいい、ニュージーランドやオーストラリアにしようかと一時期迷った。

でも、就職すれば、こんな長期滞在などできる機会も少なくなるし、
貧乏学生の私にとっては大金を使うのだと思うと、やっぱり憧れのアメリカに行こう!と
一大決心。

初めての海外、1人でのツアー参加、英語力さほどなし。
いつもは、あれこれ心配性なのに不思議と不安より期待の方が大きかったのだ。
若いっていいな〜。
今さらですが、喜んで行かせてくれた両親に感謝しています。
自分が親になった今、子供を旅に出すとしたら、やはり不安が大きいし
いろいろ口を出したくなるものね〜。

もう何年も前のことなので詳細の記憶はあやふやだが、このホームスティは私にとって、
いろいろな意味で大切な経験なのである。
私の子供たちも後数年でこの時の私と同年齢になる。
その前にこの経験をちょっと形にしておこうと思ったのでした。
posted by *タンタン at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | + L.A.ホームスティ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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